「男は泣くな」が意味する心理的影響とは?

「男なら泣くな!」という魔の言葉。

最近こういう言葉はあまり使われなくなってきたかもですが、僕の世代から上は当たり前のように使われていました。

「男なんだからしっかりしなさい」
「男の子は強いんだから」
これらも含め、男たるもの男らしさ、強くあらねばならぬを、子供ながらに親からも学校からもアニメからも社会全体からも要求されていたような気がします。

男が泣くと恥ずかしい、みっともない的な雰囲気もありました。
これは弱さを人に見せるなという意味合いだと思います。
逆に女の子は泣いてもいい、嫌なことがあればすぐ泣くといった雰囲気もあったと記憶してます。

なんで今こんなこと書いてるかというと、我が子が先天性心疾患で小児病棟に入院しているんですが、我が子も含め新生児から2歳くらいまでの男の子も女の子みんな関係なくめっちゃ泣いているんです。
よく考えれば言語を使えないのだから、「おっぱい欲しい」「抱っこして」「痛い」「寂しい」などを泣くことでしか表現できないので、当たり前っちゃ当たり前です。
だけど、泣くことに性差もなければ、親から「男の子だから泣いちゃダメでしょ」なんてセリフ聞いたことがありません。

つまり「男なら泣くな」は生物学的では全くなく、あくまでも社会通念として後付けで植え付けられたといっても過言ではありません。

そして、その言葉の持つ意味を考えました。

冒頭に「魔の言葉」とあえて過激に書いたのは、子どもに強くあれと願った言葉が、かえって心を苦しめているのではないかと思ったからです。

警察庁発表の自殺者のデータがあります。
令和2年度の自殺者は計20919名です。
驚くべきは性差です。
男性14913名 女性6976名。
男性の方が約2倍自ら命を絶つという行為をしているということです。
コロナの影響で女性の自殺者の割合が増えましたが、それでも過去から継続して男性の自殺割合が圧倒的に高いです。

もちろん様々な理由があることは承知してますが、自ら命を絶つということは、生きるストレスに心が耐え切れなくなったということです。

僕も中学校の頃、ひどいいじめを受けていたので、頭の中は毎日死にたいで支配されていました。こんな辛い毎日なら死んだ方がマシだと思い詰めていたのです。ただ、死ぬ恐怖、親が絶対に悲しむがブレーキになっていたおかげで行動に移さなかっただけです。

自殺を弱い人と位置付けたくはないですが、心が壊れかけた体験者からすれば、男性の方が逃げ道が少ないように感じます。なぜなら弱さを人に見せてはいけないが自分を縛り付けるからです。実際に僕は、泣きもせず、誰にも相談できず、ただただ耐え忍ぶだけでした。

男らしさを求め続けた結果がこれです。
「強くあれ」と、もしその言葉に有効性があるのなら、男女の自殺者の割合は同じ、もくしは逆転しませんか?
極端な言い方で誤解を恐れずに言えば、女より男の方が弱く脆いんです。
というより言葉の重みがそうさせているのでしょう。
結婚式で男性が女性を一生守ります!と誓うシーンは、本当は逆なのかもしれません。

僕のもとに来られる相談者の方は、感情に蓋をしている方が圧倒的に多いです。
過去を含めいろんな辛い話をしていると、感情が溢れ、涙がこぼれてきます。
そんなときみなさん共通して必ず「すみません」と言います。

「謝ることはないです、むしろ感情を出せた自分を認めてあげてください」
「泣きたいときは泣いてもいいんです」
「怒ってもいいし、笑ってもいい」
僕はそうやって泣いたこと、感情を表に出せたことを大げさにでも評価します。

心理学用語で「抑圧」という言葉があるんですが、感情を無意識化に押し込めることによって様々な神経症をもたらすといった説があります。

「男なら泣くな」もここに当てはまるでしょう。
感情に無理やり蓋をするということですから。
無気力になったり、好きだったことに興味を失ってしまう、そんなうつ症状は、こうした感情の抑圧が引き金になっているケースもあるのです。

女性は一見か弱そうに見えるかもしれませんが、感情の表現がとても上手です。
好きな人にフラれても、失恋ソングを聴いて号泣して、友達に長電話で話して、翌日にはケロっとしているという話はよく耳にします。

カタルシス、浄化という言葉があるように、喜怒哀楽を素直に表現することは、精神衛生上とても良いことだと思うのです。
身体も尿がでなかったり便秘になったりすると、健康状態も悪くなっていきます。
心の便秘という言葉はありませんが、そのようにならないよう、スッキリ出したいものですよね。

最近は、男はこう、女はこうといったレッテル貼りは少なくなってきたような気がします。映画で大ヒットした鬼滅の刃の主人公である竈門炭治郎は、よく泣きます。ポロポロ泣きます。敵である鬼にも涙するのです。芯の強さはあるけど弱さも見せます。
昔の時代ならなんて軟弱な男なんだと評されていたかもしれませんが、そんな評価は誰もしてませんよね。

時代は流れていきます。
価値観も少しずつ変わっていくのかもしれません。

ただ男は強くあれと育てられることが悪いということではありません。
それでたくましくなった人も大勢いると思います。
しかしながらその言葉で苦しみ、耐え切れなくなった人もいるんだということを今回お伝えしたかった次第です。

そして心から湧き上がる感情は大切にしてほしいということです。

なので、僕は後世の子たちには、「泣きたいときは泣いていいんだよ。にんげんだもの」と伝えていきたいです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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