敵は自分で作っている

【敵は自分で作っている】

小雨の降る中

サロンからコンビニまで徒歩1分

まぁたいして濡れないと思い

自分の左手を傘代わりに歩いて向かった

すると向こうから自転車を漕ぐ60ぐらいのおばちゃんが

「お兄ちゃん!私のカッパあげる!」と自転車を止め

着ている透明のカッパ(雨具)をおもむろに脱ごうとした

とっさに「いいです!いいです!すぐ近いので」

とせっかくの厚意をお断りしたのだが

自ら雨に濡れるリスクを省みず

知らないお兄ちゃん(正確にはおじさん)に

雨具をあげよういう気持ちにとても心が温かくなった

ありがとうカッパのおばちゃん(^^)

他にも街で道を尋ねられたり

人が集まるライブやセミナーでも

知らない人なのになぜか声をかけられることが多くなった

そんな好感度が良さそうな僕だが(自分で言うなよ)

10代の頃は酷かった

普通に道を歩いてるつもりが

怖そうな顔をしたヤンキー様たちから
「おい!何ガンつけとんや!」

とよく絡まれていた

ただ見ただけなのに…

おそらく目つきが悪かったのと

気の弱そうな顔がバレていたせいだと思うが

当時の僕の心は

「人間なんて誰も信用できない」
「クズとバカばっかりだ!」

とダークでネガティブな思考が支配していた

「目は口ほどに物を言う」という諺があるが

まさに相手に僕の中にある敵意が伝わっていたのだと思う

今だからやっとわかるのだが

人間関係を悪化させやすい人は

相手がいかに悪い人だと訴えるが

実はそうではなく

自分の中にある敵意が投影されているケースが多い

現に僕と言う人間は同じだけど

過去と今とでは
人に対してのイメージが180度変わった

すると先述のように

人が悪魔から天使に変わったりもする

自分が親切になれば不思議と優しい人が周りに集まるし

文句ばっか言ってると文句ばっか言ってる人に囲まれる

出処は自分ってことかもしれません

人間関係がなぜか上手くいかない

最初は上手くいっても長続きしない

そんなことに悩む人には幾ばくかヒントになるかもしれません

なんかもっともらしく聖人君子みたいに書きましたが

今でもダークな考えは心の中にいます

自分の器量のなさから心の中で誰かを責めています

自分の正義に反した人を心の中で罰しています

そんなダークな時は

自分の心と向き合う内観をするか

神社でもお寺でも山でも川でも

自分なりのリセット空間を持つといいかもですね

2 件のコメント

  • 心の中に悔しさや憎しみがあると、自分の心の中にある悔しさや憎しみを相手に投影して人や世の中を恐れます。怯えていては人のやさしさを受け取ることができません。文句を言う人は認められたいのです。人の悪口を言う人も認められたいのです。心が怯えています。原因は自己犠牲を愛と勘違いしているからです。自己犠牲とは憎しみです。愛とは心を受け取り認めることです。つまり人は、憎しみを愛と勘違いしています。自己犠牲を愛と教えたのは誰でしょう。人の思いやりを受け取ることができてよかったですね。パソコンが治りました。

    • 藤谷さん

      コメントありがとうございます。
      相手に感情(怒り、憎しみ、悲しみなど)が向かっていると、自分の本当の気持ちは見えなくなります。
      中には見たくないから、社会や人へ感情をぶつける人もいます。

      心理学など人の心を勉強するとこの投影に気づくことができるので、つまりは自分の感情のコントロールも上手くなるのではないかと思います。

      それでも中々気づくのが難しいから、世の中から争いがなくならないのかもしれませんね。

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