「欲」は悪いのものなのか?〜心理学から観た欲の正体〜

「欲」って悪いものなの?~心理学から観た欲とは~

人間って不思議です。
一生遊んで暮らせる大金を手に入れても、まだ欲しい!と法に触れてまでもその欲求を満たそうとする人もいれば、お金はいらない、出世もしたくない、恋人もいらないなど欲がまるで無いような人もいます。

同じ人間で、どうして両極端に分かれるのか?そもそも「欲」の正体って何なのか?
今回は心理学から観た「欲」をお話しさせて頂きます。

食欲、睡眠欲、性欲、承認欲求、強欲、貪欲、欲望、無欲、意欲、禁欲、物欲など「欲」の付く言葉はたくさんあります。

ちなみに「欲」の語源は、
「谷」八型と口 穴が開いている様
「欠」象形文字 人が口を開けてかがめた様子 

つまり、口を開けて何かが足りない!欠けている!くれ!欲しい!とする様を表しています。

欲に頂きなし、欲の袋に底なし、欲には際限がなく怖いものという古くからの言葉も多くあります。

何か「欲」は何かに飢えていてイメージがあまりよろしくありませんね。

では、本当に欲はいけないものなのでしょうか?

「精神分析」ある意味心理学の基礎となった考え方では、「欲」をこう捉えています。
人間には「意識」「無意識」があり、顕在意識、潜在意識とも置き換えられます。

自分では気づかない無意識の領域に「リビドー」というエネルギーが潜んでいる。
精神分析の創始者のフロイトは、それを性的なものとし、その後ユングはあらゆる衝動の源泉となる心的エネルギーを「リビドー」と捉えました。
つまり無意識に欲の本体があると。
そのリビドーが、無意識から意識下に通るところにある「超自我」良いか悪いかのジャッジを降す検閲の機能を果たすものが、強すぎるとエネルギーが抑圧されヒステリーなど神経症になると唱えました。

この考え方を基にすると、「欲」は誰しもあるが、その出し方を押さえ過ぎると何かしら心に不調をきたすということ。
そこから観れば、むしろ欲は出した方がいいんじゃないかとさえ思います。

また時が経ち心理学者マズローは人間の欲求は、

A…生理的欲求 食べたい、寝たい、子孫を残したい

B…安全の欲求 健康でいたい、安心に暮らせるお金がほしい、争わないでいたい

C…所属と愛の欲求 仲間がほしい、家族を作りたい、会社やサークルなどに属したい

D…承認の欲求 他人から褒められたい、仕事を評価してほしい、SNSでいいねがほしい

E…自己実現の欲求  目標を達成したい、夢を叶えたい、自分らしくありたい

欲求には段階、次元があり、Aが満たされるとBへまたCへと上がっていく。
A,Bは生命を維持するための本能的な欲といえますが、C,D,Eは人間特有の社会性ゆえの欲求といえます。
最終的に自己実現の欲求が高度で自立的だと考えました。

確かに貧乏で明日の暮らしも不安な時に、周りから承認されたいとか仲間が欲しいなんて思わないですもんね。

そして心理学は脳科学ともリンクしていて、「欲」は古い脳の奥にある中枢、本能の部分にあると考えられています。
生きるために必要なもの。喜怒哀楽などの感情も大脳辺縁系にあります。
ただ人類は、長い年月をかけ小さな体で種を維持していく、つまり集団生活を行うために必要であった新しい脳が必要不可欠でした。
それが前頭前野の部分にある理性であり、欲を制御する役割を果たしている。
それがないとどうなるか?
「みんなが肉を食べたい!でも数に限りがある⇒殺し合い奪ったものが食べる⇒弱肉強食の世界⇒種が維持できない」
だからルールを作り、法を作り、教育を作り、欲のまま生きないよう受け継いできたのが人間です。

色々な角度から欲を観ていくと、欲が一概に悪いものでもないし、むしろ生きていくためには必要で、問題はそれをどうコントロールするかが一番大切なのかと思います。

また、欲が強い人は本能的と言い切れるのか?

基本的に「欲」は満たされると、それ以上に欲することは減り、求める力は弱まります。
欲が強い、また執着するような人、「お金がいくらあっても欲しくなる」「パートナーがいても浮気不倫をする」「食べてもお腹が満たされない」「友人がいるのにSNSで等身大以上の自分を見せたがる」といったものは上記の法則から矛盾しますね。

一つは、抑圧や飢餓状態。幼少期に褒められなかった人は、承認欲求が欠乏している。そのため褒められることに喜びを感じる一方、不信もある。褒められなかった自分が何で今褒められるのか?なのでSNSなどでその事実を確かめようとします。
親から愛情をもらえなかった子が、複数の異性と関係を持つのも同じ心理状態ともいえるでしょう。
二つ目は本当に欲しいものとずれている。
お金ではなく、多く持っていることによって得られる承認欲求かもしれないし、本当は一緒に遊ぶ友人がほしいのかもしれない。お金はあくまでも目的の手段。それそのものを追っても雲をつかもうとする行為と同じです。
三つ目は、単純に前頭前野にある制御系が弱くなっている可能性がある。お酒を飲むとこれが緩むので本性があらわれる。なんとか議員のように(笑)スマホネット依存も制御系がゆるむという調査データもあります。

また一方で欲の弱い人はどうか?
欲求そのものが無いのか?

精神分析でもあったように、~したい!~ほしい!といった無意識にある欲求、心的エネルギーが、幼少期に「お前にできるわけがない」「もうやめなさい」「危ないから」といった理由(親なりの愛情があったかもしれないが)、それゆえで作られた「超自我」によって、欲求が抑えられた状態、意識に上がる前にふたをされたため、「別にやりたいことないし」になっているかもしれません。
何か新しい事(予期できないこと)をしようとするとき、ブレーキがかかってやらない(回避)しがちな人は、この構造を疑ってみるのもよいでしょう。
また、欲そのものに嫌悪感を持つ場合は、そんな自分であってはいけないと自責の感情がうまれ、欲そのものはネガティブに変わり、弱化します。

最後に、欲のコントロール方法です。

適度に発散する!
抑圧は欲がなくなるわけではなく、無理やり押さえつけているだけ。何かのきっかけ(友達がしていることに腹を立てる(嫉妬))ことがあれば、もしかすると、自分がやりたかったことへの投影かもしれない。
感情とともに一度、子どもの頃のように欲求を吐き出してみると想像以上にスッキリするかもしれません。
コントロールは、そうしてフラットになったところから始めます。
その上で、本当に自分が求めているものを内観します。瞑想して自分と向き合うのもよいでしょう。
本当に自分は何が欲しいのか?何がやりたいのか?周りのことは考えなくていい。ひたすらに自問自答していけば、欲がクリアになり、またそれを大切にすることで、自然とコントロールされていくことが本筋ではないかと考えています。

長くなりましたが、お読み頂きありがとうございます。

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